コロナ禍で、日本人の友達の皆さんの心の温かさをたくさん受け取りました。北川エレインさん(フィリピン)

2023年02月01日

北川エレインさん(フィリピン)

今回は36年間静岡県に在住している60歳代のフィリピン女性 北川エレインさんにコロナ禍でどのように過ごしていらしたかを伺いました。
エレインさんは個人で英語講師をしています。

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1:世界中が思いもよらない混乱が起きましたが、コロナ禍になる前は、どのような毎日を過ごしていらっしゃいましたか?

平凡な英語講師として、クラスを持ち、市の公民館活動の一つとして、また保育園、小学校のALTとして、英語活動に参加して毎日忙しく働いていました。
生徒さんは3歳児から、85歳のご老人までいて、とても楽しい時間を過ごしていました。ボランティア活動にも力を入れていました。その活動を多くできるように自分でグループをつくり、色々活動していました。
フィリピンにいる目に障害を持つ5人の子供たちの里親になり、毎年送金して今でも続けています。
また三陸沖地震の時は東北在住の外国籍の人たちに、物資を送りました。その後は主にアジア、南米の人たちの困りごと相談にものっていました。

2:新型コロナウイルスで社会機能が止まってしまったとき、あなたのお仕事はどうなりましたか?

時間が止まり、世界の動きがフリーズしたように感じ、自分はこれからどうしたらよいだろうかと夜も眠れませんでした。すべての私の仕事、活動が閉じられたのですから。
外国籍の友達から多く連絡があり、同じように不安がっていました。
しかし会社に勤めている彼らは、会社や、日本政府が支援の手を差し伸べてくれたようで、次第に連絡が途絶えました。彼らも自分たちで生きていくのに精いっぱいだったでしょう。私のように個人で仕事を持っている人達は補助が受けられませんでした。

3:あなたは誰からも支援をしてもらえなかったのですか?

いいえ、私は日本人の友達から、沢山の援助を受けました。
頻繁に電話がありました。“エレインさん、大丈夫ですか?どうしていますか?食べ物ありますか?”など本当に心配してくれました。
県外に住む友達は地場産品をたくさん送ってくれました。お米、野菜、果物が届きました。また市内の友達は調理したごちそうをくれました。
そんなある日、20数年来の英語クラスの老婦人から電話があり、“お仕事大変でしょう?しっかり食べていますか?我が家に来てランチをたべませんか?”と誘ってくださいました。“いらして下さいませんか?”と言われたので、では玄関だけと思って伺いました。
その時、“エレインさん、あなたの今の困った状態を察します。今まであなたは困った人たちを沢山助けてきました。私は知っています。小さなプレゼントですが、わたしより、エレインさんのほうが必要でしょう。受けっとって、断らないで。”と封筒を手に握らせてくれました。
皆さんが大変な時に、私のことをこんなに心配してくれて何と言ってよいか言葉が出ませんでした。やっとお礼の言葉を言って、帰り道、運転しながら、涙と感謝で胸が詰まりました。奇跡が起こった、思いもしないことが起こった。自分は何と幸せな人間なのかと、頭が混乱しました。
一人のアジアの中年おばさんをこんなにも暖かく思いをはせてくれる、たくさんの日本人の友達がいるなんて、私は人生の成功者と言えるかもしれない、お金という財産は持っていないけど、日本人の友達という財産はたくさん持っている。と何だか心が軽くなった気がしました
日々の生活の心配ばかりしていますが、誰かがいつもそばにいてくれる気がします。日本人の温かさを十分感じたコロナ禍の経験でした。感謝の気持ちでいっぱいです。

4:エレインさんありがとうございました。あなたの日々のボランティア活動のお礼が
貴女に戻ってきたのではないでしょうか? 常に明るくて前向きな性格が誰にも好感を持たれるのではないでしょうか?ますます日本人との絆を結んでください。
   

記:編集ボランティア 邑松亨子