「えっ!?そうだったの!?」
パソコンで国連について調べたとき、この言葉が目に留まった。
「世界では、子どもが七人に一人飢えに苦しみ、六秒に一人が命を落としています。」
一分間で十人、一時間で六百人。数の大きさに驚いた。今、こうしている間にも、大切なはかない命が消えていっていることが信じられない。飢えで亡くなってしまう子どもたちだけで、こんなにたくさんいるのに、戦争や病気などで亡くなってしまう人も合わせれば、どんなに多くの命が消えてしまっているか、よくわかる。
もしも私が国連職員だったら、食料計画の活動に取り組みたい。私が目にしたあの一文は、本当に衝撃が大きかった。たくさんの地域を一つずつ、現地に行って現状を見て確かめ、食料の供給運動を活発にしたい。たくさんの人が食べられることを目標に、世界中の人々から集めた限りある資金を無駄なく使い、栄養価が高く、元気になれるものを食べさせてあげたい。日本の特産物のさつまいもは、値段も手頃で、環境がそれなりに良ければ手間もいらずに育てられ、食べやすく腹もちがいいのでよいと思う。日本の食べ物として紹介して、他国の味を知ってもらう機会とし、楽しんで食べてもらいたい。そして、活動をするにあたり、地域の人々とのかかわりあいを大事にし、心のケアなど少しでもできることはして、辛くて苦しい中にも幸せを感じてもらえるようにしたい。彼らは、私の倍辛い思いも悲しい思いも苦しい思いも知っているだろう。私の悩みなんて本当にちっぽけすぎる。けれど、人々とふれあい、「私たち、日本、世界の国々は、仲間として、大きな家族の一員として、あなたたちのことを応援しているんですよ。」というような気持ちがすこしでも伝わったら、どんなにうれしいことだろう。そう思ってもらえるように、活動を積極的にしていきたい。
もう一つ、私が進めていきたいものは、薬品を確保することだ。病気が深刻なのに、ワクチンもなく、状態を良くする術もないというように医療物資が不足しているケースも多い。学校で行われている朝読書の時間で、「医療設備が整わない施設では、医者は何もすることができない。親はただ見ていることしかできず、子どもがなくなっていく。」ということを知った。同じ空の下に一緒に今いることが不思議なくらいに感じた。できるものなら、助けてあげたい、救ってあげたい。自分が病におかされている立場だったらどう思うだろうか。怖くて、嫌で、その人にしかわからない気持ちがあるだろう。助けてほしいと願っているだろう。
私たちの学校では、ワクチンを他国に寄付するため、ペットボトルのキャップを収集している。キャップ八百個で一人の命が救える。全員が集めてワクチンのために寄付すれば、どれだけの人が救えるか、想像するだけで、すごいと思った。だから、ペットボトルのゴミが多く、身近にあるコンビニエンスストアにキャップ回収箱を設置したい。そして、その資金は、すべて国際連合にまわしたいと考えた。全国の人に協力してもらえば、きっとできるだろう。このような小さな協力から、大きく活動を広めていくことも考えたい。
私が国連職員だったらやりたいことはまだまだ山ほどある。その中でも目標にしていきたいのは、飢えで亡くなる人を減らすことだ。パソコンに載せられたあの言葉を変えたい。これは、私が一番やりたいことだ。
今、私が世界の仲間にしてあげられることは何なのか。リサイクルも国連への協力の第一歩であると思った。リサイクル活動にも参加し、食を大事にしていきたい。
いつでも、私は、「小さな国連職員」でありたい。


